放下通し
名刀レスポンシブ1
放下通し長俊(ほうかとおし)
笹穂槍
銘 濃州之住長俊
号 放下通し/唐頭の槍
岩手県立博物館所蔵(盛岡市上田松屋敷)
- 室町時代の美濃の刀工、長俊の作である。
- 平三角の笹穂槍で、長さ26.0cm、元幅2.7cm、中幅4.1cm、元重ね1.0cm、茎長さ33.7cm。
- 平側の太い樋の中を朱でうめる。
- なかごは生ぶ、目釘孔1個、三角側に「濃州之住長俊」と長銘をきる。
来歴
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岩手盛岡藩南部家伝来の槍。
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2代藩主の南部重直が正室に加藤嘉明の娘を迎えた際に、加藤家から贈られたと伝わる。
加藤嘉明は文禄元年(1592年)朝鮮の役の功により伊予松前6万石、加増され10万石となる。慶長7年(1602年)関ヶ原の戦いの功により伊予20万石に加増され、その後蒲生忠郷死後伊予に減封された蒲生家と入れ替わる形で寛永4年(1627年)会津若松43万5,500石に転封されている。恐らく嘉明が伊予に居る時に嫁いだのではないかと思われる。
南部重直は慶長11年(1606年)生まれ、寛永3年(1626年)越前大野藩松平直政を烏帽子親として元服、寛永9年(1632年)に父利直の跡を継ぎ2代藩主となる。襲封の際、備前一文字吉房の刀と道阿弥肩衝を献上している。嘉明の娘は長松丸を産んだが後に離縁されたという。 -
南部家ではこれを家宝とし、参勤交代の際には行列の先頭に立てたという。
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1980年10月3日に岩手県の有形文化財に指定。
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この槍には、由来は不明ながら「放下通し」または「唐頭」という別号が付けられている。
放下通し吉光(ほうかとおしよしみつ)
槍
銘 吉光
号 放下通し
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若狭の氏家家蔵の槍。
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裏は平造りで棒樋をかく。
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「吉光」と二字銘が入る。
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こちらも由来は不明。
来歴
- 若狭国小浜藩は雅楽頭酒井家の酒井忠勝を初代藩主とする。この小浜藩の家臣に氏家氏がおり、同家に伝来したという。
放下(ほうか)
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放下とは、室町時代から近世にかけてみられた大道芸のひとつ。
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もともとは禅宗で「一切を放り投げて無我の境地に入る」ことを意味する「放下(ほうげ)」という言葉から派生したもので、鞠や刀などを放り投げたり、受けとめたりする芸能全般をあらわすようになったとされる。品玉、刀玉。
現代でいうジャグリングのこと。 -
はじめは大道芸のひとつであったのが、次第に放下を専門に行う「放下師」として独立した。戦国時代成立の「七十一番職人歌合」(四十九番左)にもすでに「放下」という職業が登場して描かれている。
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号の「放下通し」はこの「放下(ほうか)」に関わりがあると思われるが、由来はよくわからない。
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忍術(忍者)の「七方出の術(七化)」は、虚無僧・出家・山伏・商人・放下師 ・猿楽・常の形(つねのなり、武士や農民)の7つを指す。
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祇園祭に放下鉾という山鉾があるが、これも天王座に放下僧の像を祀ることに由来する。