大国吉
名刀レスポンシブ1
- 同名2口あり、享保名物帳焼失の部と、追加の部に記載されている。
大国吉(おおくによし)
由来
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大きさゆえの号
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「国吉」の二字銘
来歴
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秀吉所蔵で、太閤御物刀絵図所載
大國吉、むねきり。
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大坂落城で焼失。
大国吉(おおくによし)
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享保名物帳:名物追加
大国吉 長一尺七寸五分 大久保加賀守殿
平造り上々の脇差也、左兵衛尉國吉、弘安の年號あり。 -
此の大久保加賀守は徳川家初期の元老たりし相模守忠隣の子忠常なり、初め新十郎のち加賀守、執政となる。此國吉は来の元祖國吉にあらず、粟田口則國の子の國吉なり、元久に生れ文永に死すと古刀大全にあり、弘安は文永より十五年後なれば大全の記す處誤りなるべし。
由来
- 大きさゆえの命名
- 銘が「左兵衛尉国吉」と長銘であり、弘安の年記銘がある。
来歴
- 相州小田原の大久保家伝来で、その後の行方が不明。