小尻通新藤五
名刀レスポンシブ1
小尻通新藤五(こじりとおししんとうご)
短刀
銘 国光
小尻通(小尻通国光)
九寸七分五厘(29.5cm)
由来
- 不明。
- こじりとは鞘の末端に付ける飾りのことで、「小尻」、「戸尻」、あるいは「木尻」などと書く。
来歴
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関東管領足利家重代の「鐺通し(こじりとおし)」と同一とされるが詳細は不明。
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秀吉に伝わり、一之箱に入れた。
一之箱 こしり通国光
御物、小尻とおし、長さ一尺半分半、ヤ(埋忠本)
小瓦通(大坂御物名物刀剣押形) -
後に家康が入手し、享保の頃には将軍家所蔵となっている。
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その後の伝来が不明だが、明治後に西条松平家松平頼庸氏に伝わっていた。
関東管領足利家「鐺通し(こじりとおし)」
短刀
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関東管領足利家重代の短刀。
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応永31年(1424年)11月27日、足利持氏は奥州稲村から上ってきた伯父足利満直(篠川公方)にこれを贈った。
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のち永享10年(1438年)に発生した永享の乱では対立し、持氏は自害に追い込まれている。
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満直のほうも下総結城氏が持氏の遺児を擁立し、永享12年(1440年)3月結城合戦が勃発、乱の最中の永享12年6月24日、南奥諸氏が一斉に蜂起して篠川御所を襲撃、満直は自害に追い込まれた。
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この後、百数十年の間の来歴が不明。秀吉に伝わったのは別物の可能性もある。