立割真守
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立割真守(たてわりさねもり)
刀
真守作
- 大原真守作の刀
来歴
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元は伊達家相伝の重宝。
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天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐が行われ、東北諸大名にも参陣の命令が下った。
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この時、伊達家では伊達成実を中心に主戦論が主流派となっていたが、ただ一人片倉小十郎が小田原参陣を主張し、そのまま席を立って自邸に戻ってしまった。
- 伊達家では政宗父である輝宗の時代から後北条氏と同盟関係にあったため、秀吉と戦うべきか小田原に参陣すべきか、直前まで揺れていた。
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その夜、伊達政宗は一人小十郎を密かに訪ね、二人で語り合った後に小田原参陣を決める。これが3月26日の夜であったという。
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その時に政宗は、そなたの忠誠愛すべしとして帯びてきたこの「立割真守」を小十郎に与えた。
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のち同家の重宝となり、片倉家では毎年正月元日と2月初卯の登城以外では差さなかったという。
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この他、放目貫の脇指も拝領している。
天正十八放目貫之小脇指兼常 一腰、従貞山様拝領仕候