長銘貞宗
名刀レスポンシブ1
- 複数あるが、いずれも消息不明
長銘貞宗(ながめいさだむね)
短刀
銘 相模国住人貞宗/建武三年八月
長九寸一分
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享保名物帳所載
長銘貞宗 長九寸一分 代金二百枚 所在不知
表二筋樋、裏梵字、棒樋の内浮彫剣、長銘建武年号、寛永七年に究る -
平造り、差表に折り返し樋、裏に梵字と棒樋のなかに浮き剣を彫る。鋩子は大丸で長く返る。中心は目釘孔2個。
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銘は表に「相模国住人貞宗」、裏に「建武三年八月」と長銘を切る。
由来
- 長銘に由来する。
来歴
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徳川将軍家所蔵。
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寛永7年(1630年)に金二百枚の折紙。
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寛永15年(1638年)正月11日に、拵えをつけるため本阿弥三郎兵衛が埋忠家に持参し、埋忠与三右衛門が金具を作った。なお、拵えの関係で中心先を少し切る。これにより刃長は九寸一分になった。
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すでに享保には行方不明となっている。
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「本阿弥光瑳名物刀記」には「長銘貞宗 一尺ばかり」とあるものが、薩摩島津家(薩摩少将)と本多正純嫡子の正勝のもとにあると書かれる。この正勝所持が享保名物帳所載とみられる。
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正勝は、元和8年(1622年)に父・正純とともに、流罪となり寛永7年(1630年)配地で病没した。
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恐らく正勝が病死したため売りに出されたもので、新しい持ち主が鑑定に出したものとみられるが、元の所持者である正勝が流罪の身であることを考慮し「所在不知」としたものと見られる。
長銘貞宗
短刀
銘 相模国住人貞宗
九寸八分五厘
- 平造り、差表に刀樋と添え樋。裏は不明。中心は目釘孔2個。
来歴
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本能寺の変の時、信澄は明智光秀の娘婿であり光秀に加担した疑いを持たれために信長三男の信孝に大坂城で殺される。
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この後行方不明となるが、大坂の町人が密かに入手、秘蔵していたものを本阿弥光柴が千貫で買い取る。
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備前岡山城主池田忠継が買い求める。同母弟の池田忠雄に譲り、その後は消息不明。
長銘貞宗
短刀
銘 相模国住人貞宗
刃長九寸七分