天光丸
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天光丸(てんこうまる)
- 伯耆国住大原安綱の作
来歴
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源義家(八幡太郎)が愛用したとされる。
壷井八幡宮には、八幡太郎義家が愛用したとされる鎧「黒韋威胴丸」も伝わる。こちらは重要文化財。 -
享和元年(1801年)の「河内名所図会」には、「壺井八幡宮の神宝」として、天光丸太刀が載っている。それによると、伯耆安綱の作であり、鬼切丸と同鐵(鉄)で作られた雌雄の太刀であるとする。多田満仲より相傳し、八幡太郎義家が出陣の時に佩用したという。
集古十種に壷井八幡宮藏の「源義家朝臣太刀圖」が載っているが、鞘長二尺九寸八分、作者についても「宗近ノ作ト云傳、宗ノ字アリ」と書かれており、どうやら別物が載っている模様。
また伊勢貞丈が記した「河内国壺井八幡宮神寳義家公御太刀模図」にも「河内国壺井八幡宮神宝義家公御太刀(享保6年写)」という太刀図が描かれているが、こちらも鞘長二尺九寸八分、宗近作ということで、集古十種所載の太刀と同じものの模様。
壷井八幡宮
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康平7年(1064年)5月15日、前九年の役に戦勝して凱旋した源頼義が河内国香呂峰の私邸の東側に社殿を造営し、河内源氏の氏神である石清水八幡宮(京都府八幡市)を勧請したのが始り。
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頼義の5世孫である源頼朝が鎌倉幕府を開いた後、河内源氏の総氏神は壺井八幡宮から鶴岡八幡宮に移り、壺井八幡宮は河内源氏の祖廟となり、河内石川に土着した河内源氏である石川源氏の氏神となる。
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明治時代には八幡神社と称し、近隣の以下の神社が合祀された。
- 石丸神社(駒ヶ谷村大字通法寺。祭神 天照大神・武甕槌命・経津主命・天児屋根命・比咩大神・誉田別命)
- 神明神社(西浦村大字広瀬。祭神不詳)
式内・大祁於賀美神社(駒ヶ谷村大字大黒。祭神 高龗神。昭和30年(1955年)に独立) - 八幡神社(西浦村大字広瀬。祭神 品陀別命)
- 式内・飛鳥戸神社(駒ヶ谷村大字飛鳥。祭神 百済昆伎王。昭和27年(1952年)に独立)
- 第二次大戦後、現在の壺井八幡宮に改称した。